出張のための移動時間と労働時間性


出張のための移動時間は労働基準法上の労働時間にあたるでしょうか。

この点について、行政解釈は、物品の監視等別段の指示がある場合の外は労働時間にあたらないとしています(S23.3.17基発461号、S33.2.13基発90号)。

裁判例でも、公共交通機関を利用した移動については、通常、労働時間性を否定され(横河電気事件・東地判H6.9.27労判660号35頁等)、ただ、物品の運搬自体が出張の目的である場合には労働時間性が肯定されています(ロア・アドバタイジング事件・東地判H24.7.27労判1059号26頁、飛行機での移動)。

 

では、出張のための移動にあたり労働者が自ら自動車を運転して移動した場合でも、物品の運搬等が目的でない場合には労働時間性を否定されるのでしょうか。

自動車の運転は、不注意が事故に直結するため、高度の集中を要する作業であることは公知の事実です。その運転に要した時間について労働時間に算入しないことは、長時間労働による心身への過剰な負荷から労働者の健康を守るために労働時間を規制している法律の趣旨に反するきらいがあります。

実際、自ら自動車を運転して出張先に赴いた時間については、これを労働時間に算入した裁判例があります(シニアライフクリエイト事件大地判H22.10.14労判1019号89頁)。判旨は正当というべきでしょう。

 

ただ、この裁判例があるからといって、出張にあたって自ら自動車を運転した場合、必ず労働基準法上の労働時間として認められるのかというと、それは疑問です。

労働基準法上の労働時間については「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」とするのが判例であり(三菱重工業事件最判H12.3.9民集54巻3号801頁)、具体的に「使用者の指揮命令下に置かれている」か否かについては、使用者の関与の程度と行為の客観的性質(職務性)との相関関係によって判断するという見解が有力です。

 

この点、出張先まで自動車を運転して移動する時間について考えると、使用者から「車で行け」と命じられた場合なら使用者の関与は明白ですが、そうでない場合、具体的な運転の態様は本人に任されており、どこのパーキングエリアで休憩しようと自由であるのが通常でしょう。その場合、使用者の関与は相当に希薄です。

もっとも、出張先の公共交通機関が貧弱で、自動車でないと出張先での移動が困難であるような場合なら、自動車で出張先に向かうことが職務のうえで必要ということができ、自動車を運転して出張先に向かうこと自体に相当程度の職務性を認めることができるでしょう。職務性が高度であることによって使用者の関与の希薄性が補われ、全体として労働時間性を肯定できるといえそうです。

 

これに対し、使用者から「車で行け」と命じられておらず、かつ出張先の公共交通機関が発達していて、特段、自動車で移動することのメリットもないような場合なら、「使用者の関与」、「職務性」のいずれも希薄であることから、自ら自動車を運転して出張先へ移動した場合であっても、移動時間に労働時間性はないと評価されることが十分考えられるでしょう。