ある時間が労働基準法上の労働時間であるとされた場合、当然に賃金支払いの対象となるのでしょうか。それとも、労働時間でありながら無給であることもあり得るのでしょうか。
この点、常識的な理解は、おそらく、「労働時間であれば賃金が発生するのは当然」というものでしょう。それは、ある程度は正しいのですが、法的に厳密に考えると、必ずしもそのようには言い切れません。3つの裁判例を紹介しながら、どういうことか解説したいと思います。
このことを考えるにあたって、ベースとなるのが大星ビル管理事件最判(最判H14.2.28労判822号5頁)です。事案は、ビル管理会社の従業員が、会社が管理を受託したビルに泊まり込みで24時間勤務をした場合の仮眠時間について労働時間に該当すると主張し、時間外勤務手当等を請求したものです。当該事案の不活動仮眠時間(仮眠時間のうち実作業に従事していない時間)について労働時間に該当することを認めた判例として有名ですが、今回、注目したいのは、そのことではありません。不活動仮眠時間が労働時間に該当する結果、当該時間の賃金がどうなると判断したのか、です。
この点、最高裁は、次のように述べています。
本件仮眠時間は労基法上の労働時間に当たるというベきであるが、労基法上の労働時間であるからといって、当然に労働契約所定の賃金請求権が発生するものではなく、当該労働契約において仮眠時間に対していかなる賃金を支払うものと合意されているかによって定まるものである。もっとも、労働契約は労働者の労務提供と使用者の賃金支払に基礎を置く有償双務契約であり、労働と賃金の対価関係は労働契約の本質的部分を構成しているというべきであるから、労働契約の合理的解釈としては、労基法上の労働時間に該当すれば、通常は労働契約上の賃金支払の対象となる時間としているものと解するのが相当である。
「労基法上の労働時間であるからといって、当然に労働契約所定の賃金請求権が発生するものではなく」という文言は、やや舌足らずですが、後段で「賃金支払の対象となる時間」か否かを論じていることからも窺えるとおり、最高裁が言わんとしているのは、「労基法上の労働時間であるからといって、当然に労働契約において〈時間を基準として支給するものと定められている賃金〉の請求権が発生するものではない」ということにあると解されます。
そのうえで、最高裁は、労働と賃金の対価関係が労働契約の本質的部分であることを指摘し、労働基準法上の労働時間に該当すれば、「通常は」、労働契約上、〈時間を基準として支給されるものと定められている賃金〉の支払対象となる旨を述べています。
しかし、それは飽くまで「通常は」です。実際、当該事案の不活動仮眠時間については、最高裁は、泊まり勤務手当(1回2300円)以外には賃金を支給しないものとする合意があったと認定し、就業規則所定の時間外勤務手当や深夜就業手当の請求権が発生することを否定しました。
つまり、最高裁は、ある時間が労基法上の労働時間に該当するということから当然に、その時間について、労働契約上、時間を基準に支払うものとされている賃金が発生するとはいえず、時間を基準とした賃金の支払対象となる時間にあたるか否かは、飽くまで労働契約において、その時間について当該賃金の支払対象とする合意があると解釈できるか否かという契約解釈の問題であるとしているわけです。
一方で、最高裁は、不活動仮眠時間についても労働基準法所定の時間外割増賃金、深夜割増賃金の支払対象となりうることは認めています。何も矛盾はしていません。ここが理解の躓きの石になりやすい点ですので、以下で少し詳しく説明します。
労働契約については、当事者の合意による規律を労働基準法の規律が強行的に修正している関係にあります。さきほど、最高裁が契約解釈の問題としたと述べたのは、前者の当事者の合意による規律の話です。当事者が合意により労働基準法に抵触することなく設けている規範(たとえば、法内残業に対して割増賃金を支払うという規範)は、公序良俗に反しなければ有効です。これに対し、労働基準法は、労働時間や休日について厳格に規制し、法定時間外の労働、法定休日における労働について割増賃金の支払いを強行的に義務づけています。この労働基準法の強行規定に従って発生する割増賃金については、当事者が労働基準法の規定より労働者に有利な合意をしていない限り、その発生の有無は、法律によって定まります。
たとえば、労働時間の端数について、行政解釈上、1か月の合計時間に生じる端数につき、30分未満を切り捨て、30分以上を切り捨てることは容認されるとしても(S63.3.14、基発150号)、日々の労働時間の端数切捨ては許されないと言われますが、それは、労働基準法所定の割増賃金の計算に関する話です。労働基準法37条が法外残業時間に対して割増賃金の支払いを強行的に義務づけている以上、その対象となる時間を一部でもカットすることは、同条違反となることが端数切捨てが許されないことの根拠です。
これに対し、法外残業にあたらない労働時間について端数カットすることが許されるか否かは、労働基準法の関知するところではありません。労働契約上、そのような処理をすることが合意されているか否かの契約解釈の問題となります。
このように賃金や労働時間の規律には、①契約によって規律される領域と、②労働基準法によって規律される領域とがあります。不活動仮眠時間について、最高裁は、①労働基準法上の労働時間に該当するが、契約上、(泊まり手当以外の)賃金の支払いを要しないものと合意されているから、賃金の支払いを要しない、②労働基準法上の労働時間に該当するから、時間外割増賃金、深夜割増賃金の支払いを要する、という2つの判断をしたわけですが、この2つは、それぞれ異なる領域の話をしているので、何ら矛盾していないのです。
さて、上記最判のような考え方を法内残業(所定労働時間の外ではあるが、法定労働時間を超えない範囲の残業)にあてはめるとどうなるでしょうか。
東地判H16.6.25(LLI/DB L05932689)では、その点が問題となっています。この事案では、就業規則上、法内残業か法外残業かを区別することなく残業時間について2割5分増しの超過勤務手当が支給されるものとされる一方、原告のように役職手当を支給される課長職は、超過勤務手当の支給対象から除外される旨規定されていました。原告が法内残業及び法外残業にかかる超過勤務手当を請求したのに対し、被告は、原告が管理監督者に該当すると主張して争いましたが、裁判所は、原告の管理監督者該当性を否定しました。
さて、このとき、法内残業の賃金は、どうなるでしょう。まず、原告が「役職手当を支給される課長」であるのは事実であり、就業規則上、残業時間に対して超過勤務手当を支給する対象者に該当しません。したがって、法内残業に対して就業規則に基づく超過勤務手当は発生しないと考えられます。原告は、管理監督者ではありませんが、そもそも法内残業に対して2割5分増しの手当を支払うことは、労働基準法上の要求ではありません。したがって、課長が管理監督者であるか否かにかかわらず、「課長」に対して超過勤務手当を支払わないものとする就業規則の規定が労働基準法に反して無効となるものではありません。
では、課長の法内残業は、無給となるのでしょうか。上述のとおり、最高裁は、労働と賃金の対価関係が労働契約の本質であることから、規定がなければ当然に無給と解すべきものではなく、労基法上の労働時間に該当すれば、通常は、賃金支払いの対象とする合意があると解釈できる旨述べています。このような理解を前提とすると、(2割5分増しの)超過勤務手当の支給対象から課長を除外する就業規則の規定は、飽くまで超過勤務手当が発生しないことを定めているに止まり、割増しのない通常の労働時間の賃金が発生するか否かには関係しないと解するのが相当でしょう。そして、就業規則等に法内残業に対して発生する賃金の有無・額を定めた規定が他に存在しないなら、割増しのない通常の労働時間の賃金が発生する合意がある、と解するのが合理的と考えられます。
上記事件の判決では、このように丁寧には論じられていませんが、結論としては、このとおり法内残業に対して、割増しのない通常の労働時間の賃金額の限度で請求が認容されています。
もう1つ裁判例をご紹介します。今度は、無給の明示的な合意があった事案です。
東地判H28.9.14(LLI/DB L07132076)では、所定労働日が週3日(火、水、木)とされる一方、年間39日程度、他の曜日に出勤する場合が予定され、かつこの指定日外勤務は無給とする旨、雇用契約において明示的に定められていました。原告は、この無給の合意は、労働契約の本質に反し、公序良俗違反(民法90条)により無効であると主張し、指定日外勤務日にかかる未払賃金(及び指定日勤務における残業にかかる割増賃金)を請求しました。
裁判所は、無給の指定日外勤務の発生について事前に説明があり、原告も理解・納得して契約を締結したこと、指定日外勤務の日数がわずかなものであること、労働基準法の労働時間等の規制に反するものではないこと、月額30万円という賃金が対価として不十分とはいえないことを指摘し、合意は公序良俗に反するものでないとして、その効力を認め、未払賃金の請求については、これを棄却しました。
上記最判に照らして正当な判断と思われます。指定日外勤務の時間も当然、労働基準法上の労働時間には該当するでしょう。しかし、最高裁は、労働基準法上の労働時間に該当するとしても、その時間について時間あたりの賃金が発生するか否かは労働契約における合意次第であり、ただし、明示の合意がないからと言って無給とする合意があったと認定してはならず、原則として(「通常は」)賃金支払いの対象とする合意があったと解釈すべきだとしています。東地判H28.9.14の事案では、明示的に無給とする合意があったのですから、合意を無効とすべき事情がない限り、合意に従って賃金の発生はないと解することになります。東京地裁は、公序良俗違反とならない理由も丁寧に指摘していますが、この点も、原則としては(「通常は」)賃金支払いの対象とする合意があると解すべきだと述べている最判の考え方に適合した適切な判示であるといえます。
以上の検討を経て、「ある時間が労働時間であると評価されるにもかかわらず無給とされることがあり得るか」という設問に対しては、次のように答えることができるでしょう。
- 結論としては、あり得る。それは、当事者に当該時間を無給とする合意があると認められる場合である。
- ただし、労働契約は、労働と賃金とが対価関係にあることを本質とするから、ある時間について賃金を支給する旨の明示的な合意がないというだけでは、無給とする合意があったとは認められず、無給の合意を認定するためには、賃金を支給しない旨の明示的な合意が必要である。また、具体的な事情に照らして合意が公序良俗に反しないと認められる場合でなければならない。
- また、法外残業、深夜残業、法定休日労働にあたることによって労働基準法上、当然に割増賃金が発生するとされる時間については、同法の規定が強行的に適用されるため、当事者の合意によって、同法に基づく割増賃金の一部又は全部を請求不可とすることはできない。