移送申立ての退け方


労働者が会社を退職し、遠方に転居した後に、退職した会社に対して残業代請求等、未払賃金の請求をする場合、現住所の地元の裁判所に訴えることは可能でしょうか。

これができなければ、遠方の裁判所に出頭することの負担が労働者が提訴を決意するための大きな支障となってしまいます。

 

この点、賃金請求について労働者の住所地の裁判所に管轄があるか否かは争いがありますが、いずれにせよ不法行為に基づく損害賠償請求を併合請求すれば住所地の裁判所に管轄を生じます。

ただ、そのようにして地元の裁判所に提訴したとしても、被告の会社から民事訴訟法17条の規定に基づく移送を申し立てられて、会社の住所地を管轄する裁判所に移送されてしまう可能性があり、現に安易に移送を認めた裁判例が判例誌に掲載されています(サンテレホン(移送申立て)事件大地決H27.3.25労判1124号67頁)。この辺りのことは、以前、次のコラムに記載しました。

https://www.zangyodai-osaka.com/17jou-isou/

 

しかし、近時、上記裁判例と同じようなケースで17条移送の要件の充足を実質的に検討して移送申立てを退けた裁判例が出ていますので、ご紹介します(大高決R2.5.22 LLI/DB L07520141)。

事案は、東京の会社で勤務していた労働者が退職して京都に転居した後に、会社に対して残業代等の未払賃金を請求する訴訟を京都地裁に提起したものです。

会社側は、書証の原本が会社の本社に存在することや想定される人証(代表者及び総務担当者ら)が東京に所在し、会社にとって京都地裁への出頭が大きな負担であることなどを主張して移送を求めました。

 

しかし、裁判所は、(ア)書証写しの提出を含む争点整理は電話会議で行うことが想定されること、(イ)想定される会社側の人証は1~2名であって、尋問は1日で終わると予想されること、(ウ)被告は零細企業とはいえない会社であるのに対し、原告は賃金労働者である個人であること、を指摘し、17条移送の要件である(1)「訴訟の著しい遅滞」を生じる、(2)「当事者間の衡平を図るため必要がある」、のいずれも認められないとして、移送申立てを退けました。

 

上記裁判例で裁判所が指摘している事情は、同種事件の多くに共通する事情でしょう。同様の事情の事件では、上記裁判例の思考様式に従って判断される限り、会社側の移送申立ては退けられることになると考えられます。

同種事案で移送申立てがあった場合には、上記裁判例が参照されるべきだと思います。